行き付けのバーを作ると人生が豊かになる

行き付けのバーという響きは誰もが憧れるものだと思う。俺が思ってるだけだ。世間一般の論理は知ったこっちゃないんだよ。

少なくとも俺は憧れた。
学校終わり、バイト終わり、友達と飲んでなんとなぬ飲み足りないなって時、なんでもいい。ふとしたときに「いつもの」と言って馴染みのマスターが自分の好きな酒を作ってくれる。

男なら憧れるワンシーンではないだろうか。

まだ俺には「いつもの」と注文する度胸はない。
ただ、よく行く馴染みのバーで一杯目に頼むのは必ずラフロイグのロックだ。
そろそろ「いつもの」と言ったらラフロイグのロックを出してくれるのではないかと思うがなんとなく恥ずかしくて言えてない。


話がそれまくった。俺が言いたいのは行き付けのバーがあると人生が豊かになるということだ。バーでなくてもいいかもしれない。居酒屋でもいいだろうし中華料理屋でもいいだろう。
なんにせよ、行き付けの店があるというのはすばらしいと思う。スタッフに顔や名前を覚えてもらったらさらにすばらしい。

店員に顔を覚えられるのが恥ずかしいという人もいるだろうが、少し勇気を出して欲しい。そこには新しい交流と発見がある。

1人で飲みに行き、カウンターで隣だった人と話してみると、自分が知らなかった世界が大きく広がる。

隣人は同世代かもしれないし自分の親と変わらない年かもしれない。なんでもいい。新しい交流というのはすばらしいという話をしたいのだ。

今日も新しい交流があった。その店が新しいウイスキー仕入れたというので飲みに行った。

とりあえず一杯目はラフロイグにした。ルーティーンというのは大事だ。俺はルーティーンやジンクスというのは信じる方だ。信じるものがあるというのはいいことだと思う。しかし俺は無宗教だ。しいていうなら神道だと思う。それくらいだ。話がそれた。俺がしたいのは宗教の話じゃない。

行き付けのバーがあるのはいいことだという話をしたいのだ。たかが21の小僧が行き付けのバーなんて生意気なという人もいるだろう。
俺はそういう思想を否定しない。だから俺の思想も否定しないでくれ。

話を戻そう。バイト終わりにそのバーに行った。二杯目でお目当てのウイスキーを飲んだ。
マスターを経由してカウンターで2つ隣の人と会話が始まった。

40少しすぎのサラリーマンだった。常連同士でのあだ名がある人で、IT企業に勤めていて、ダーツがうまいらしい。2~3時間くらい話していたがその人に関する情報なんてそんなもんだ。
そんなもんでいい。おっさんのプロフィールなんて興味がない。みんなもそうだろう?

おっさんの話はどうでもいい。何度もいうが俺が言いたいのは行き付けのバーがあってそこで新しい交流が生まれるのはいいことだということだ。

酒を飲んでるときにした話なんてしょうもない話ばかりだ。だがそれがいい。自分の知らなかった世界を開いてくれる。学校の連中と飲んでいたら開けなかった世界がそこにあるのだ。

その世界がすばらしいかどうかなんてどうでもいい。自分の知らなかった世界が無限に広がっているという事実を確認できるのがすばらしいのだ。



ぜひ行き付けのバーを見つけて欲しい。そこはふらっと立ち寄ったところかも知れないし、友達に連れていってもらったところかもしれない。自分がそのバーを気に入ればそこは行き付けのバーになるのだ。

1人で数回も行けば顔を覚えてもらえる。1人でバーに行くのは勇気がいるかもしれない。そこで怖じ気づかずに行ってみてほしい。

そこには自分が知らなかった新しい世界がある。

まあ、なんだ。かっこつけていろいろ書いたけど、おいしいお酒っていいよね。